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スーパービジネスパーソンエグゼクティブ、クプタ

スーパービジネスパーソン、クプタ(わたし)のプライベートを明かします。スーパービジネスパーソンへと登りつめたクプタ。プライベートの思考法とその内容をご参考までにご教授します。

自分の小説を批判されたよ

 何を間違ったのか昨年あるインディーズの文学賞で特別賞をもらった。

で、それの自慢が溢れて家族に喧伝したところ、あまりにも見せろと言うので、批判覚悟で見せることにした。なぜ見せたくなかったかといえば、それはまあもう、下ネタと自虐のオンパレード私小説だったからだ。しかし、今年は「自分をオープンにする。キラッ!」をテーマにしていたので、勇気を出してファイルを送付した。

そうはいっても、賞をとるくらいのものだから、「すごいね」とか「面白いね」という感想くらいはどこかで期待していた。家族だしね。えへっ!

しかし、そのリアクションは誰一人お褒めの言葉をクレナかった。。大人は皆一応に気まずそうに口をモゴモゴしていた。そして、中学生の姪に至っては「登場人物の個性がない」「改行が少ない」「がんばってギャグしてる」と紙に残して批判してくる始末。

それも不在時に渡しとけと言われて姉から渡されたもので、いざ姪様にお会いすると気を遣っているのか感想は何も言ってこない。それが余計傷つく。

しかし、何か独創的なものを作ってみて人に批判されると本当に腹立たしいことがよく分かった。姪に対してすら、「じゃあ、オマエが書いてみろよ!」と怒りに震えて、枕を涙で濡らすのだ。

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でも、よく考えてみると自分は散々人の映画や小説を批判したり貶したりしてきた。自分は作れもしないのに。というと、作れない人間は批判する権利がないのだろうか?とすると、人間はほとんど何も言えなくないのではないだろうか。でも、一方でなぜ作れない人間に自分の作品を批判されなければならないのか?まだ、小説家やそれなりに文学の世界で結果を出している人なら分かる。

そんなことを考えていると、頭が混乱してきて、やっぱり人の作品を思いっきりけなしたくなる。こうして人間はどんどんねじ曲がっていくのだろうか。