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クプタの一段階屈折

クプタ(わたし)のリアルな日常です。普段は真面目でクールなサラリーマンをきどっています。が、齢35を過ぎたあたりから、自分が35年間何かをずっと演じてきたことに気づく。だから自分だけの日常の喜びを書き記します。

朝通勤でホームに並んでいる社会人のかおが好きだ

一般的に通勤途中の日本人は幸せそうではない、と言われている。でもわたしは、昔からあの無表情なビジネスパーソンの面々が好きだ。

そうそう、中学1年時に電車に乗っていたらビジネスパーソンにずっと足を40分間踏まれ続けたことがあったけ。それはまあ許そう。ラッシュのなか、本当に怖くて足を外すことすらできなかった。きっとかわいい少年が私立の学ランを着て電車に乗っていたので、どうにも憎らしく足を踏み続けたのだろう。このときの犯人らしき人間の表情が本当に能面のように無表情だったのだ。

しかし、電車通学の6年間はいろいろなことがあった。男性による痴漢4回、女性による痴漢2回。座っていたら頭から他人のゲロを被ること1回(全かぶりだった)。「ホテルいかない?」とサラリーマンに追いかけられたこと1回(電車を降りて駅のホームまで追いかけられたよい思い出)。なぜか隣の人のバッグから炎が出て、前髪がチリチリになったこと1回(未だもって原因不明)。その相手みな無表情だったのだ。
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ああ、脱線してしまった。それにしても不安と気合の入り混じった複雑な駅のホームにある無表情。これこそ素晴らしい顔だと思う。どうにもこの世のなかは「笑顔」信仰が強く、笑顔が1番素晴らしいと思われがちだが、わたしはそうは思わない。無表情こそ、もっとも味わいのある顔だと思っている。無表情の裏側にある変態性に蹂躙されたわたしにとっては、それは恐ろしくも魅力的な顔なのである。