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クプタの一段階屈折

クプタ(わたし)のリアルな日常です。普段は真面目でクールなサラリーマンをきどっています。が、齢35を過ぎたあたりから、自分が35年間何かをずっと演じてきたことに気づく。だから自分だけの日常の喜びを書き記します。

近所での挨拶や愛想は手を抜かない話

3DKの団地に一人暮らしというわたしは、階段等でご近所さんと出会ったときは「こんにちは」と非常に愛想良くしている。その笑顔たるや口角を適度に上げたものだし、声のトーンだって憧れのショーンKを意識したもの。不自然のない、穏やかな「こんにちは」だ。我輩のことながら、この低音ボイスはなかなかのものだと思う。

人間ってのは、不思議なものでこちらの対応次第でだいぶ相手の対応も変わるのだ。ブスっとした人でもこちらが気にせず明るい声で「こんにちは」と声をかけると、驚いた感じでそれなりに「こんにちは」と返してくれる。でもお互いがブスっとしたままではずっとそのままだ。声をかけられるのは誰しも悪い気がしないもの。挨拶程度ならね。

わたしは自部屋のドアを空けてから団地の敷地を出るまでの区間を「マッドマックツ 死のロード」と呼んで、この区間においては、音楽を聴くのもやめ、いつ人が現れてもいいように「こんにちは」の「こ」の字に口の形を構えている。酷い緊張状態だ。喉だって唾液で潤している。これだけの集中力があるのであれば、仕事に活かせばよいのに。。
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ではなぜわたしは近所でこれだけの愛想と挨拶に力を入れるのか。それは、どこかで何かあったときに近所の人が助けてくれるのではないか、というヘドロにまみれた邪心があるからだ。助けてくれるまではいかなくとも、フォローくらいはしてくれるかもしれない。損得感情オンリー。あまりの理由に本人ですら驚いている。ああ、わたしにも人を愛するピュアさが欲しかった。ごめん、キリスト。

例えば捕まったとき。罪状は何でもいい。マスコミに騒がれたときに、レポーターに答える近所の人に「あの人は挨拶もして、愛想よく、とても信じられない。。」と言ってほしいのだ。それは助けにはなってないのかもしれないけど、せめてもの救いにはなるかもしれない。その一点だけにかけているといっても過言ではない。

堕落せしめるのは簡単だ。だが平生を装いながら、堕落しているのは難しい。

これは江戸川乱歩が芋虫を書き上げたときに記者に放った言葉だ。いや、全くの嘘です。