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クプタの一段階屈折

クプタ(わたし)のリアルな日常です。普段は真面目でクールなサラリーマンをきどっています。が、齢35を過ぎたあたりから、自分が35年間何かをずっと演じてきたことに気づく。だから自分だけの日常の喜びを書き記します。

デヴィッドボウイシス

デヴィッドボウイが死んだ。中学生の頃よく聴いた。ジギースターダストを何度も繰り返した。通学。電車のなかで。

遠く離れた学校になかなか慣れないなか、通勤中に聴ける音楽は唯一の救いでもあった。ヘビメタ、ハロウィンからエアロスミスなどのアメリカロック、ロンドンパンク、シューゲイザーエレクトロニカ、ベートーベンなどのクラシックまで。アイワのウォークマンでとことん聴いた。

このなかにボウイがあった。結局、初期デヴィッドボウイにはまる人は、「違っていいんだ」ってところに惹かれるのだと思う。 

学校に友達がまるでいないという状況のなか、ジギースターダストというキャラクターは友達のようなものだった。本当に救われた。小さい身体で満員電車のなか押し潰されての通学は辛かったけど学校は続けられた。

音楽にすらアートにしろ何の意味はないように思われるけど、その瞬間の感動や癒しの積み重ねで今の自分のが出来ていると思うと、ありがてーわ、
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しかしちょっと待てよ。この積み重ねの結果が、現今わたしの有様だと思うとデビッドボウイも複雑だろう。天国でわたしの自虐っぷりに眉をしかめているのではないだろうか。

最近では、おばあさんから1万円貰ったりとか。電車で足の悪いご老人に席を譲ってもらったりだとか。あああ、もうボウヤだからさ。37歳。

ああ、だんだん追悼どころではなくなってきた。いやいや、むしろわたしは退化してないか。ごめん、ボウイ。こんな大人になって。でもこれは君の影響でもあるんだぜ。ありがとう。