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スーパービジネスパーソンエグゼクティブ、クプタ

スーパービジネスパーソン、クプタ(わたし)のプライベートを明かします。スーパービジネスパーソンへと登りつめたクプタ。プライベートの思考法とその内容をご参考までにご教授します。

無意識のイジメ

カフェに入った。駅前の巨大チェーン店。少し暗めの、椅子がゆったりしたところ。平日の夜でも人はびっしりだった。運良く入って奥、正方形に近いフロアの角が空いていた。

ところがイスは、この絵のような配置になっており、
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前の席が3人組のおばちゃんになったので、私の出入りが完全に閉ざされてしまった。隣はビジネスパーソン。空いた椅子にはどちらも重厚なビジネスバッグが置かれていて、ちょっとやそっとで動かせそうもない。

トイレにも行きたいし、帰るころあいでもある。何がいいたいのかというとただ出入りしたいのだが、腰が上がらないのだ。というとみなさんわたしが気が弱いからと観測するのだろう。勇気を持って自分の出入口を確保する勇気がないと。すみません、の一声をかける勇気がないと。でも、ここが一味違うのだ。

実は最近「無意識のイジメ」ということを考えていて、それは「他人が悪気なく無意識のうちにわたしを陥し入れる」ということを意味している。そして今回のケースがまさにそれに当たったのだ。ビンゴ!

だからこの状況にわたしは嬉々として心が躍りだし、トイレや帰宅により、その状況を打破することが嫌で嫌でたまらなかったのである。そこに留まることは、聞かん坊の子供がおもちゃが欲しくて、その場を動かずに駄々をこねる感じに近い。

そんなことをつゆ知らず、隣のビジネスマンパーソン、前のお喋りオバサマ3人は、会話やパソコンに熱中している。わたしを閉じ込めているとも知らずに。こんな状況がますます、わたしの歪んだ内面に磨きをかけ、閉ざされ、空気すら限られたようなこの空間に、大いに興奮してしまうのだった。「ああ、閉ざされてる」と。

だからその状況を打ち破らざるをえない、帰宅のさいは、完全な失望感から「すみません」と弱々しく声を発して、荷物をどけてもらうのだが、それはそれは悲しい別れでもあった。しかし、この状況を作ってくれた皆さんには感謝しないといけないので、心のなかで「ありがとう」とつぶやくのだった。