読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

クプタの一段階屈折

クプタ(わたし)のリアルな日常です。普段は真面目でクールなサラリーマンをきどっています。が、齢35を過ぎたあたりから、自分が35年間何かをずっと演じてきたことに気づく。だから自分だけの日常の喜びを書き記します。

ものもらいになってるよ

右目二重の部分がニキビのように腫れて、ものもらいになっている。病院に行くとたいしたことないようだが、少し放置していたので治るまで時間がかかるそうだ。

朝のテレビでは夏目アナが、同じものもらいで目を腫らしながらメガネをかけている。同じ症状なのでなんか気持ちがシンクロできる。それにしても自称イケメンとしては、メガネなしのお顔を皆さんに披露できないのが残念である。

その状態で小3の甥に会いにいったら、「なんか目が変、気持ち悪いのができてるよお」と悪気なくいわれた。わたしはこのストレートな一言に、意表を突かれて固まってしまった。酷く傷付いて、返す言葉も出てこなかった。気持ち悪いと言われたのは何年ぶりだろうか。「こ、こいつ。いつか仕返ししてやる」と固く心のなかで誓うのだった。

結局姉宅にいるあいだ、その何気ない言葉がずっとわたしの心に引っかかったままだった。だから帰るとき、甥のニューバランスのクツをそっと踏んで玄関を出た。
f:id:rmisasa:20160423105038p:image
わたしのニューバランスが甥の小さなニューバランスに被さり圧縮してやったのだ。すると気持ちがスッとした。ああ、世界がバラ色に包まれてわたしは解放されたのだ。でもそれは一瞬のことだった。帰り道、わたしは自分が一生成長しないことを悟ったのだった。

桜の葉一枚、頭の上に残したよ

外出先から戻ったら頭の上に桜の葉が1枚乗っていた。あえて、かわいさを演出して、そのままオフィスで過ごしたら終日誰にも指摘されなかったよ。

f:id:rmisasa:20160421103019p:image

傷だらけの顔で営業先を制覇したよ

新しいカミソリを買った。最初は切れ味が抜群なので慎重にやらないと大変だ。

10年前、大阪に出張に行ったとき、ビジネスホテルがキャンペーンでシックのカミソリを配布していた。ラッキー!と思って、翌日の朝使ったら口の周りが細かい切り傷で一杯になってしまった。使用時にはそれほど違和感がなかったので、気が付かぬうちに惨憺たる悲劇を生んでいた。よく言えば、悪辣な環境のなかを生き抜いてきた野良犬のようにワイルドだった。

時間がない。仕方がない。どうしようもない。そのまま準備をして待ち合わせのロビーに降りると、そこには同じように口周りを傷だらけにした上司がいた。「うわあ、オレと同じだあ。だ、だせえ。。」と思ったが、その時点では、お互い突っ込めるほど親密ではなかったので華麗にスルーした。
f:id:rmisasa:20160419094528p:image
その日は大阪の新規営業先会社周りで、数件の会社を周った。どこの人たちも傷だらけの顔を見て、恐れをなしていた。とてもカタギの人間に思えなかったのだろう。手を震わせている人もいた。私たちはそれをコテにして、強気な交渉に出た。結果は史上最高なものだった。

だが、私たちは二人はそれが決して口周りの傷のおかげだという素振りは見せなかった。あくまでも実力だと誇示したのだ。そこは絶対に触れてはならぬ領域とばかりに、見て見ぬふりを貫き通したのだ。それが男のプライドだったのかもしれないが、今考えればだいぶ間違ったものだったのだろう。みなさん出張先のカミソリには気をつけて。

背番号10だったサッカー少年

小学校時代、地元のサッカークラブに入っていた。3年生で正式なユニフォームが配られ、デザインはアルゼンチンの青白縦縞のユニフォーム。そして特筆すべきこと、それは背番号は10番だったこと。

同学年40人近くいたのに10番を与えられたのは光栄だった。10番といえばマラドーナだし、キャプテン翼だった。たいてい10番はそのチームで一番上手い子がつけるのである。

でも、今でも覚えているのは、
「なぜナカヤマ(わたし)か10番なのか?」という声に対して監督が言った「ナカヤマがつければ揉めないだろ」という一言だった。それは何気なく聞こえてきたのだが、大変なインパクトがあった。
f:id:rmisasa:20160417110955p:image
わたしのチームは本当に我が強いメンバーが多くて、上手い連中が横一線に並んでいたのだ。だから監督はそこを避けて、わたしに10番を与えたらしい。小3ながら、わたしは自身の存在のユルさを意識したのはこのときが初めてだった。そして自分の人生における立ち位置をこの時点で意識した。

ああ、潤滑油なのかと。誰もが新卒の面談で答える、潤滑油。わたしは自身の身体がユルユルと溶け出し、本当の油になるところを想像した。それは、ただ地面にしばらく溜まって、フローリングのさらに底に消えゆくだけだったのだ。

名札つけたままだよ

帰りの電車のなかで、どこかの新人さん、名札をつけたまま吊革につかまっていた。ああ、新卒のときおれもやったなあ。。でもそれもなんとも思わないくらい緊張したもんだよ。
f:id:rmisasa:20160415105354p:image

股間が破れた男と服装が似ていた件

股間が破れたまま歩いていた男が逮捕された。公園とかで露出して歩いていたらしい。何が楽しいのか分からないが、この露出魔というのは相手の驚く顔こそが至福の時なのだろう。

だが次の瞬間わたしは驚愕した!逮捕された男の格好がアップされたのだが、それはまさにわたしが冬にジョギングする格好であった。グレーのウインドブレーカーに黒系ナイキのパンツ。あとは股間が破れていたら、それはもう、わたしじゃないか。。

それにしてもどういうことなのだろう。この男は愛知で逮捕されたのだが、一体どちらが寄せていったのだろう。図らずも心の奥底でこの男にシンパシーを感じている自分が許せない。いや、オレは変態じゃない!現に逮捕されてないし、子供の頃から優等生イケメンで通ってきた!大学の頃、遊園地のアルバイト係員をしてきたころのあだ名は「王子」だったし(あとで単にバカにされていたことが発覚)!変態とは縁遠い存在だ。

股間を破いたまま歩いて、紳士淑女を恐怖に陥れるなんて言語道断だ!そう、心のなかで必死に反逆しても、このファッションスタイルがわたしをシンパシーの渦へと誘いこむのだ。
f:id:rmisasa:20160410104829p:image
もしや、この男はわたしなのだろうか。もう一人の自分が逮捕されたのか。まるで夢遊病のように。

心配になると、わたしは急いでナイキジャージの股間を確かめた。そこには確かに布があった。滑らかで暖かい何層にも覆われた生地があった。その触り心地は何度確かめても、サラサラして心地よかった。幾重もの汗や体液を吸い込んだにも関わらず、わたしを変態への道から守ってくれていたのだ。耐えてくれていたんだね。わたしは思わず「ありがとう」とつぶやいた。良かった。そう安心するとわたしは眠りにつくのであった。

近所での挨拶や愛想は手を抜かない話

3DKの団地に一人暮らしというわたしは、階段等でご近所さんと出会ったときは「こんにちは」と非常に愛想良くしている。その笑顔たるや口角を適度に上げたものだし、声のトーンだって憧れのショーンKを意識したもの。不自然のない、穏やかな「こんにちは」だ。我輩のことながら、この低音ボイスはなかなかのものだと思う。

人間ってのは、不思議なものでこちらの対応次第でだいぶ相手の対応も変わるのだ。ブスっとした人でもこちらが気にせず明るい声で「こんにちは」と声をかけると、驚いた感じでそれなりに「こんにちは」と返してくれる。でもお互いがブスっとしたままではずっとそのままだ。声をかけられるのは誰しも悪い気がしないもの。挨拶程度ならね。

わたしは自部屋のドアを空けてから団地の敷地を出るまでの区間を「マッドマックツ 死のロード」と呼んで、この区間においては、音楽を聴くのもやめ、いつ人が現れてもいいように「こんにちは」の「こ」の字に口の形を構えている。酷い緊張状態だ。喉だって唾液で潤している。これだけの集中力があるのであれば、仕事に活かせばよいのに。。
f:id:rmisasa:20160408164507p:image
ではなぜわたしは近所でこれだけの愛想と挨拶に力を入れるのか。それは、どこかで何かあったときに近所の人が助けてくれるのではないか、というヘドロにまみれた邪心があるからだ。助けてくれるまではいかなくとも、フォローくらいはしてくれるかもしれない。損得感情オンリー。あまりの理由に本人ですら驚いている。ああ、わたしにも人を愛するピュアさが欲しかった。ごめん、キリスト。

例えば捕まったとき。罪状は何でもいい。マスコミに騒がれたときに、レポーターに答える近所の人に「あの人は挨拶もして、愛想よく、とても信じられない。。」と言ってほしいのだ。それは助けにはなってないのかもしれないけど、せめてもの救いにはなるかもしれない。その一点だけにかけているといっても過言ではない。

堕落せしめるのは簡単だ。だが平生を装いながら、堕落しているのは難しい。

これは江戸川乱歩が芋虫を書き上げたときに記者に放った言葉だ。いや、全くの嘘です。